平成20年「近代将棋1月号」
の「銘駒研究室」より転載 記・鵜川善郷
『新進気鋭の駒師・田原清秋』
今回は、詰将棋の塚田賞受賞者への賞品として渡される駒の製作
者に選ばれた駒師・田原清秋を紹介します。
詰将棋界の二大賞である、塚田賞・看寿賞の賞品はかつては宮松
影水の盛り上げ駒でした。 影水亡き後、駒を贈呈する週間は途絶
えてきましたが、次回の塚田賞から復活し、田原清秋がその作者と
して選ばれることとなりました。今回、塚田賞の主催者が近代将棋
社ということもあり、私のところへ銘駒研究室の原稿としての依頼
がありました。正直申し上げまして、私にとっては大変に書き辛い
ことであり。一旦はお断りしました。といいますのも、田原清秋は
私の工房で修行中の身であり、私自身が彼のことを書くことに関し
はたして適任者であるかどうかが気がかりであったからでした。で
すから、できるだけ客観的に、私なりの田原清秋像をお伝えするつ
もりですので、ご理解いただきたいと思います。
田原清秋は、昭和四十九年十月十一日に岐阜県加茂郡川辺町出身
の三十三歳で現在は神奈川県横浜市に在住。週三日私どもの工房
「御蔵」で木地・駒・棋具制作をいたしております。また最近は、
個人の駒製作者としても活動をいたしております。
『さわやかな好青年』
彼が工房「御蔵」にはじめてきましたのは平成十一年の二月の初
めでした。その前年の暮れ、山形県楯岡の駒師である村川秀峰師か
ら電話を受けておりました。
「来年早々にある若者がそちらへ行くと思うが、話を聞いてやって
もらえないだろうか。」
詳しく話しを伺ってみると駒師志望で天童の中島清吉商店さんで
紹介を受け秀峰師宅に送っていただき、話をしていただいたようです。
「私も六時間ほど駒師の仕事がいかに大変かを説明したつもりだが、
どうもあの熱は冷えそうにない様子でね。」天童における駒師修行
がいかに厳しいものであるかを知っている師が明るい声でそう話し
てくれたことが私を彼に会うことへの何かよくわからない気持ちに
させてくれました。
普通なら「弟子入りなどとんでもない話だ」と追い返していたで
しょう。それほどに駒師で大成することは難しいことだといまだに
思っているからです。
会ってみると、「爽やかな青年だな」が第一印象でした。話を聞
いてみると「東海大学に在学中で、スポーツは陸上の短距離と槍投
げをやっていた。将棋が好きで三段の免状を貰った。精密なものが
好きで、物作りも好きなので駒師になりたい。大学は中退するつも
りだ。」にこにこしながら、さらっとそのようなことを言う彼にい
ままでの駒師とは違う、なにか新人類にあったような不思議な印象
を受け「ともかく、アルバイトで少し手伝ってみるかな」と受け入
れてみることにしました。
『研げているね』
工房「御蔵」は駒木地製作が主な仕事で、工房内で駒を作ること
はほとんどありません。
彼に、教えたことはほとんどが感性的なことです。まず、過去に
作られた優れた駒を出来るだけ見せること、なぜその駒が良く見え
るか、なぜ人の心を捉えることが出来る作品になっているかという
駒作りの基本原則を自分自身でつかみ取れるように鍛えてきたつも
りです。次に彼に与えた課題は版木刀の研ぎです。刀は彫師にとっ
ては命であり、これがきちんと研げることが出来なければ、この世
界では生きていけません。私や当時工房で制作活動をしていた西村
潤氏が「研げてるね」と及第点をつけるまでには約3年かかったで
しょうか。
彼は、天才タイプではありません。しかし時間をかけ、着実に力
をつけてきたと思います。私が書くと、なにか仲間内で褒めあって
しまうようで、なんとも体がこそばゆいのですが・・・。
『駒師の力は継続力』
田原清秋
の駒の良さ派駒全体のバランスの良さとその彫の精密さでしょう。
駒にとって一番大切なのは駒字のバランスです。どこに重心を置く
か。どの戦の軸を基準にするかによって字母はいろいろと変化しま
す。最近は駒師独特の「お化粧」を駒字に入れることによって駒を
良く見せようとする傾向が見られます。作者自身のオリジナリティ
を求めることは素晴らしいことですが、駒字のバランスが崩れるよ
うでは意味がないと思います。影水の菱湖は良く完成された字母で
あるとよく言われます。しかしながら、それは駒字としてのバラン
スがしっかりと保たれているからであり、派手に見せているその出
入りの「お化粧」によるものではないでしょう。
清秋の好んで作る駒字は、「水無瀬形」や「董齊書」のような江
戸期の古典や石橋書のように難しい書体にあえて挑戦する姿勢があ
ります。
駒師の力は「継続力」によって評価されると思っております。
「常によりよい作品を作ろうとすることを求めなければ駒師はその
技量を発揮できなくなる。」彼が八年間、工房の仲間や何人もの駒
師の先輩から言われ続け、それを実にまじめに実践してたことが今
回の塚田賞製作につながったものだと確信しております。これから
の活躍を期待できる駒師の一人です。
|

鵜川善郷。工房「御蔵」主宰者。駒の鑑定師としても活躍中。工房に全国から鑑定を依頼する駒が集まる。
「なんでも鑑定団」(テレビ東京)の鑑定師。
|